十三話 ―少年と破壊と覚醒の女神―
激痛。
一言でそれ表すとしたらそれが適正だ。
少年の右腕からは血が流れ、骨は折れ、関節が逆に曲がり、肩というハンガーにだらりとかかっているだけのように見えた。
既に右腕への命令は伝わらなく、拳を握る事すらままならない。
単に体に痛みを伝える邪魔なものと化してしまった。
「は、ははっ、そんな体で僕に勝てるとでも思ってんの?」
眼前に立つ一人の男の姿を見て、嫌な汗が手ににじむ。
――そうだよ、力の配分間違えただけだよね。現にあいつはボロボロになってるわけだし、次でとどめさせるよね……
内心、自分の能力を破られた事にあせる少年だが、自分に失敗だと何度も言い聞かせた。
何の能力も持ってない人間などよりも天使である自分の能力が劣っている事はありえないのだから。
「次……次でとどめをさしてあげるよォッ!!」
今一度銀髪の少年は右手を掲げる。
静かに、ゆっくりと、精一杯焦っていないかのような振る舞いをして
「――――。――――」
ザキエルはもう一度空気砲弾を放とうと、呪文を唱え始める。
しかし、その呪文は虚しくもたった一言により、遮られてしまう。
いや、遮らざるを得なかった。頭の内側から響いてくるような声のせいで。
機械のような、冷たく、生気の無い、聞いているとぞっとしてしまうような声で。
ただ一人。自分の後ろで眠っているはずの者の声で。
――地母神ガイア。
「今一度我ノ天力尽カセヨウトスル者ヨ。警告ス。我ノ天力再度底尽キシ時、コノ世界ハオロカ他界、時空、時間軸全テヲ破壊シ貴様等ノ命ノ歩ミヲ止メサセテモラウ。我ノ天力尽キシ刻マデハ五分。ソレマデニ補給ヲ完了サセヨ。モウ一度警告ス――」
「「なっ――?!」」
銀髪の少年の方から声が聞こえてきたが桃香の声……なわけはない。
となると銀髪の少年かそれとも――
銀髪の少年は突然後ろを振り向き桃香に向かって叫び始めた。
「ガイア様! ザキエルです!! 貴方を天界に連れ帰り天力の補充を行うべくやってきました!! 戻りましょう、天界へ!」
――ガイア様。
「ちょ……マジ……だったのかよ……」
突然の出来事に半信半疑の祥吾だが、今までにあった事を考えてみれば本当でもおかしくないかもしれない。
狂言ともとれる発言、種では無い別の能力、日本語とも何語とも取れない言語。
そして何より。
今までの全てを非日常のものだと確定するような冷たい声。
愕然としながらも銀髪の少年の方を見ると桃香に向かって先程、祥吾に向けていた風の球体を撃っている。
すぐに我に帰り、止めに入ろうとしたが何か様子がおかしい。
「ガイア様! 防御壁をお解き下さい!! 天界へお連れしますので!!」
ちょうど先に祥吾の拳がガリエルの手前で何かによって押し返されている現象と似ていた。
少年の撃った風の球体は桃香の体の30cmほど手前で渦を巻いて消えてしまった――
否。正確には渦の中に吸い込まれていってしまった。
その光景を見て、一瞬にして祥吾は駆ける。桃香の――いや、ザキエルの元へと。
各自の頭の中での少女の中身は違えども。
各自の心が全く違う方向を向いていても。
各自の懸命な行動の理由など探さずとも。
助けたいという事だけは一致しているのだから!!
「どいてろ、ガキ!! 今から俺の能力で防御壁とやらが張られる前の空間に再生する!!」
それが自分の能力。再生の種の能力。自分が桃香のために、生意気なガキのために出来る事。
再生の種の能力は全ての物を再生――再びこの世に生かす事の出来る能力。
適応される範囲は祥吾の左手に触れている部分のみだが、どれだけ抽象的なものであっても前の姿形があればそのままに復元できる能力。
例えそれが実体の無い空間だったとしても――!!
「ナメるなァッ!! この方は地母神ガイア様だ!! 人間なんかに何が出来――」
うるせぇ!! と啖呵を切り数秒、沈黙が流れる。
二人が向き合う中、大した事ではないというように沈黙を破ったのは祥吾だった。
「こいつは桃香だ! 正真正銘八神祥吾の従妹の八神桃香だ!! 今さら実は別人でした、なんて言われても信じられるわけねぇだろ!! んな事言われてはいそうですかっつって引き下がれるわけねぇだろ?!」
「だけど貴様は人間だ!! ガイア様に万が一の事があったらどうするつもりなんだよ?!」
「助けてぇんだろ?! てめぇの大事な人を!!」
あまりに理不尽な銀髪の少年に祥吾の血管はぶちきれそうだった。
ここまで天使とは人間を毛嫌いしているものかとも思った。
しかし今はそんな事は関係無い。体が消滅してしまいそうな少女を助ける事だけしか目的は無い。
「――我ノ天力尽キシ刻マデハニ分――」
「「!!」」
遂に残り2分になってしまった。
あと2分、何もしなければ目の前の少女は消え、立っている世界は消え、全ての命が消えてしまう。
視線だけで銀髪の少年を圧倒するかのように祥吾は睨みつける。
どんな感情をもその視線一つにのせて訴えかけるように睨みつける。
「……絶対壊せよ。壊せなかったら僕がお前を壊す」
小さく一言だけ呟いて銀髪の少年は横へ退いた。
あぁ、と同じく一言だけ呟き一歩前へ出る。
そして自分の左手を少しだけ見つめ、願う。
(――今だけでいい! 目の前の女一人守るだけの力を貸しやがれ!!)
そして少年は左手を前へ突き出した。
全ての非日常を壊すかのように。